のようなものの付いた兜形《かぶとがた》の帽子を着た巡査が、隊の両側を護衛している。 
 巡査がどれもこれも福々しい人の好さそうな顔をしているのに反して、行列に加わっている人達の顔はみんなたった今人殺しでもして来たように凄い恐ろしい形相《ぎょうそう》をしている。家畜の顔を見ていると、それがだんだんにいつかどこかで見た事のある人間の顏に似て来るような気がする。そしてそれがみんないかにも迷惑そうな倦怠しきった表情をしているのである。
 広場のところまで来ると行列が止まった。そして家畜を中心にして行列の人と見物人とが円陣を作った。
 行列の一人が中央に進み出て演説を始めた。私は一所懸命にその演説者の言葉の意味を拾おうと思って努力したが、悲しい事には少しも何の事だか分らなかった。ただ時々イエネラール何とかいう言葉を繰返すのがやっと聞きとれただけであった。
 演説者は脊の低い男で、顔が写真で見たトロツキーによく似ていた。右の手を空気を切るように縦横に打ち振っては信じられないほど大きな声でどなっていた。時々左の手を家畜の方に差し延べては一種特別な訴えるような表情をして見せた。
 演説が終ったと見えて、ワーッと云う声がした。そして再び隊を作った行列は真直ぐな大道をあちらの方へだんだんに遠ざかって行った。
 銅色の太陽がもうよほど低く垂れ下がって、葉をふるった白樺の梢にぐるりぐるりと廻っているように見えた。その廻転が見ているうちにだんだんに速くなるように思われるのであった。
「もう少しこれが速くなるとあぶない[#「あぶない」に傍点]」そう思って私は急いでベルリンの町の方へ帰って行った。
[#地から1字上げ](大正十一年三月『明星』)



底本:「寺田寅彦全集 第一巻」岩波書店
   1996(平成8)年12月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2004年3月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング