《ばさみ》のようになって、その槓杆《こうかん》の支点に当るねじ[#「ねじ」に傍点]鋲《びょう》がちょうど眼玉のようになっている。鳥の身体や脚はただ鎚《つち》でたたいて鍛え上げたばかりの鉄片を組合せて作ったきわめて簡単なもののように見える。鉄はところどころ赤く錆びている。それにもかかわらずこの粗末な器械は不思議な精巧な仕掛けでもあるかのように全く自働的に活動している。ちょうど鶴のような足取りで二歩三歩あるくと、立ち止まって首を下げて嘴で桟橋の床板をゴトンゴトンと音を立ててつっついている。そういう挙動を繰返しながら一直線に進んで行くのである。
 私はその器械の仕掛けを不思議に思うよりも、器械の目的が何だろうと思い怪しんでみたが全く見当も付かなかった。
 桟橋を往来している兵隊等はこの不思議な鉄の鳥に気が付かないのか、気が付いていても珍しくないのか、誰一人見向いてみるものもない。
 それで鉄の鶴は無人の境を行くようにどこまでも単調な挙動を繰返しながら一直線に進んで行くのである。
 そのうちに向うから大きな荷物自動車が来た。何かしら棍棒《こんぼう》のようなものを数十ずつ一束にしたものを満載している。
 近づいてみると、その棒のようなものはみんな人間の右の腕であった。
 私は何故かそれを見るとすべての事が解ったような気がした。
 鉄の鶴が向うの方で立ち止まって長い鉄の頸《くび》をねじ向けてじいっと私の顔を見つめていた。

         三

 高架鉄道から下りてトレプトウの天文台へ行く真直な道路の傍に自分が立っている。道の両側には美しい芝生と森がある。
 銅色をした太陽が今ちょうど子午線を横切っているのだが、地平線からの高度が心細いように低い。
 私はその時何という理由なしに「もういよいよ世の終りが近づいたのだ」と思う。
 向うの方から大勢の群集が不規則な縦隊を作って進んで来る。だんだん近づくのを見ると、行列の真先には牛や馬や驢馬《ろば》や豚や鶏が来る。その後から人間の群がついて来る。四角な板に大きな文字で何かしら書いたのを旗のように押し立てている人もある。大きなボール紙のメガフォーンを脇の下にぶら下げているものもある。
 豚や鶏は時々隊をはなれて道傍《みちばた》の芝生へそれようとするのを、小さな針金のような鞭でコツコツとつっついては列に追い返している男がいる。
 避雷針
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