に、換言すれば人間の能知と切り離された所知者自身の間の交渉に関しているために、科学上の方則は科学者の個性と切り離され、従ってその表現は単義的普遍的なものになっている。これに反して漫画家の対象は人間に関係したものであるために、このような分離が困難になり、表現は十人十種になって作者の個性の香が高くなるのは止むを得ない。しかしあらゆる可能な漫画家を一団として見る時には、各画家を微分とした無限項の和としての積分は渾然たる一つの定まった極限値を有する「真の」一面と考えるに不都合があるだろうか。
 科学上の真を言明するために使用する言語や記号は純化され洗煉されて、それぞれ明確な意味をもっている。換言すれば有限な数の言語で説明し尽さるべき性質の概念である。漫画家の言語たる線や点や色はこれに反して多次的な無限の「連続《コンチニウム》」を形成するものである。それで漫画家は言語では到底表わす事の出来ない観念の表現をするための利器を持っている。その利器の使い方の巧拙はその画家の技能を評価する目標の一つになるが、それよりも重大な標準は、それによって表わすべきものの、真の種類や程度にある事は勿論である。科学者が
前へ 次へ
全10ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング