らはおそらく同じようなものであり得ると思われる。ただ落語や川柳には低級なあるいは卑猥《ひわい》な分子が多いように思われており、また実際そうであるのは、これらのものの作者が従来精神的素養の乏しい階級に属していたためにそうなったので、それは必ずしも必然な本質的な理由あっての事ではないという事は、ほとんど自明的な事と思われる。そうでなかったらユーモアーというものが美学の対象などになりようはない。しかしそのような問題はここに云うべき範囲外である。ただ落語や川柳にも前述のごとき意味の科学的要素を中心として発展し得べき領域のある事をこの機会に注意しておきたいと思うのである。
[#地から1字上げ](大正十年三月『電気と文芸』)
底本:「寺田寅彦全集 第五巻」岩波書店
1997(平成9)年4月4日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
1985(昭和60)年
初出:「電気と文芸」
1921(大正10)年3月
※初出時の署名は「藪柑子」です。
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年7月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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