った。二声三声呼んでいるうちに自分の倒れているのを見付けて急いでやって来た。驚いて寄って来た。机の上に胃活《いかつ》の鑵《かん》があるから取ってくれと頼んだらすぐに取って来て呑ませようとした。しかし水がなくては呑めないからどうか水を一杯くれと云った。浅利君はすぐに小使室へ茶碗を取りに行った。それを待っているうちに急に嘔気《はきけ》が込み上げて来たので右向きに頭を傾けて吐いた。吐こうと思う瞬間に吐くものが黒い血だなという予感が頭に閃《ひらめ》いた。吐いてみたら黒い血が泥だらけの床の上に直径十センチくらいの円形を染めた。引続いて吐いたのはやや赤い中に何だか白いものの交じったので、前のの側に不規則な形をして二倍くらいの面積を染めた。浅利君が水を持って来たから医者を呼んでくれと頼んだ。吐いてしまったら胸苦しさはなくなったが急に力が抜けたような気がしてそのまま動かずに天井を見ていた。脈摶《みゃくはく》を取ってみたがたしかであった。なんだか早く宅《うち》へ帰って寝たいと思った。宅へ電話をかけてもらおうかと思ったがまあ急《せ》く事はないと思ったりした。
そのうちに見知らぬ医者が来た。(後で聞いたら
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