一尺とかいう言葉が通用して、1.0023 でも 1.0012 でも一尺|差《ざし》である。天気がどんなでも一尺差はやはり一尺差であって、呉服商が一々寒暖計と相談する必要がない。物理学者が尺度の比較をする時には寒暖計を八《や》かましく云っても、天王星やシリアスの位置を帳面につける必要はまだない。もしもそうでなかったらたとえ一メートルの標準尺度をカドミウム線の波長と比較しようとしても光の波長自身がどうして頼みになるであろう。
測定という事が可能であり、測定した量の間に幾分でも普遍な関係が見出され簡単な言葉で方則が述べ得られるのは、畢竟《ひっきょう》孤立系というものが考えられるという事にもなる。また無限の項から成る級数の初めの数項以下を省略しても、吾人の官能上差別を感じないという事にもなる。あるいは自然界の現象が有限な項から成る方程式である程度まで代表され得るというのである。無限にあるべきはずの残余の項の効果が微小となるのは、あながち最初に出した簡単な級数のようになるというのではない。彼《か》の級数は収斂の仕方の遅いものである。ここで云う残余の項は多くはもっと速やかに急に収斂するのである。
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