る。仮りに目方の方が不変であるとしても、これを比較すべき弾条《ばね》の弾性というものがなかなか厄介千万なものである。これは第一、温度によって変化する。これは主要な影響であるが、なお少し立ち入って考えると、これは気圧にも湿度にもその他雑多の外界の状況によって変り得べきものと考えられる。また肝心の温度なるものがある度以上には正確に測れぬものである。もしも温度の影響が大きくその他の微細な雑多の影響が収斂しなかったら、ゼンマイ秤で目方を測るのは瓢箪《ひょうたん》で鯰《なまず》を捕える以上の難事であろう。今仮りに更に一歩を譲ってこれらの困難を切り抜けられるとして見ても、まだ弾性体に通有な「履歴の影響」という厄介な事が残っている。
 履歴の影響とは何ぞや。定まった弾条に定まった重量を吊し、定まった温度その他の同時的条件を一切一様にしても、その長さは一定しないのである。すなわち過去において受けた取扱い如何によって種々の長さを与えるのである。一|匁《もんめ》の分銅《ふんどう》を一分間吊した後と、一時間あるいは一昼夜吊しておいた後とは幾分の差がある。またあらかじめ百匁を五分間吊した後十匁をかけたのと、一
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