といえばただ偶然の方則が支配するばかりであって要するに科学は成立しそうもないのである。
上に述べたペンに働く力はこれに止まらぬ。ペンに微量の荷電があれば、あるいは自身にはなくても他に荷電体があれば、その感応によって周囲の物との間に引斥力が起る。また地球磁場等の影響はこれに偶力《ぐうりょく》を及ぼす事になる。その磁場は諸天体にも感応し反対に諸天体の磁場もまたこれに影響する。仮りに周囲や天体の荷電や付磁がことごとく恒同で既知であっても事柄は複雑であるのに、いわんやこれら相互の位置状態の変化から生ずる相互の影響を考えなければならぬとなればいよいよ面倒な事になってしまう。もしもこれらの影響が収斂級数を作らなかったなら果してどうであろうか。
ペンに働く力はまだこれに限らぬ。空気の浮力はかなりの影響がある。しかしてこれにはその室内の気温、気圧、湿度が直ちに関係する。また微弱な気流でもその落下の方向速度を変える事は明白である。しかるにこれらの温度や気流等はまた室内のみならず室外全宇宙の現象の影響を受けぬ訳には行かぬ。なおこのような影響を及ぼすものを列挙すれば巻を更《か》えても尽す事は出来まい。
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