士の心にかけて来られた渦巻《うずまき》に関する各種の現象でも、実にいろいろの不思議な問題が包蔵されているようであるが、現在までの物理学はまだそれらを問題として捕捉《ほそく》し解析の俎上《そじょう》に載せうるだけに進んでいないように見える。流体力学の専門家はその古色|蒼然《そうぜん》たる基礎方程式を通してのみしか流体を見ないから、いつまでたってもその方程式に含まれていない種類の現象に目の明く日は来ない。
 また物理学者は電子や原子の問題の追究に忙しくて、到底日常眼前の現象を省みる暇《いとま》がないありさまであるから、渦巻の現象が吾人《ごじん》に啓示しつつある問題のほうにふり向く機会がありそうには思われない。しかしたとえば液体の渦の生成や分布や相互作用については、やはり前述の割れ目などと共通な「固有値」の問題の伏在することが想像され、あるいはまたマトリッキスの概念の導入可能性も考えられる。
 またかつて藤原《ふじわら》博士が私に話されたように、古来の大家によって夢想されて来た熱力学第二法則のアンチテーゼのようなものも渦《うず》の観察から予想されなくはないのである。しかしそういうものが渦の現
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