一に吾人の直接の感覚すなわち主観的の標準をいったん放棄して自分以外の物質界自身に標準を移す必要がある。これが現代物理的科学にみなぎりわたっている非人間的自然観の根元である。
 このように外界を標準として外界を判断する事は何も物理学者をまたない、だれでも日常知らず知らずに行なっている事である。ある生まれつき盲目の人が生長後手術を受けて眼瞼《まぶた》を切開し、始めて浮き世の光を見た時に、眼界にある物象はすべて自分の目の表面に糊着《こちゃく》したものとしか思えなかったそうである。こういう無経験な純粋な感覚のみにたよれば一|間《けん》前にある一尺の棒と十間の距離にある同様な棒とは全く別物としか見えないに相違ない。仰向けた茶わんとうつ向けた同じ茶わんとが同一物である事を自得するまでにはかなりな経験を重ねなければならぬ。吾人《ごじん》普通の感官を備えた人間がこのような相違に気のつかぬのは遺伝や長い間の経験によって、外界の標準を外界に置いて非常に複雑な修練と無意識的の推理を経て来た結果にほかならぬのであろう。
 吾人の理性に訴えて描き出す幾何的の空間、至るところ均等で等向的な性質を備えた空間は吾人の
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