は従来経験的事実の要求に応じて、物理学的概念の内容にたびたび改革あるいは修繕を施して来た。これらの経験的事実の集まり方はそれまでの歴史に無関係ではない。甲の事実は、乙丙の事実の発見を促す。しこうして乙が先に発見されるか丙が先に発見されるかによってその次に来る丙丁の事実の解釈を異にする場合は可能ではあるまいか。それはどうでもよいとして、一つ極端な想像をして見れば自分の今言わんとしている事を説明する事ができよう。すなわちかりにここに微小な人間があって物質分子の間に立ち交じり原子内のエレクトロンの運動を目睹《もくと》しているがその視力は分子距離以外に及ばぬと想像する。このような人間の力学が吾人のと同様であれば吾人《ごじん》の原子的現象の説明は比較的容易であろうが、実際素量説などの今日勢いを得て来たことから考えても原子距離における引斥力の方則をニュートンやクーロンの方則と同じものとは考えがたい。そうすればこの原子的人間の物理の方則は吾人の方則とよほど違った発展をするに相違ない。
 前に選択といったのは必ずしも吾人にとって選択の多様なという意味ではない。ただ人間という特別なものの便宜を標準として
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