込んで、頭髪は多くは黙阿弥《もくあみ》式にきれいに分けて帽子はかぶらず、そのかわりに白張りの蝙蝠傘《こうもりがさ》をさしていた。その傘に大きく、たしか赤字で千金丹と書いてあったような気がする。小さな、今で言えばスーツケースのような格好をした黒塗りの革鞄《かわかばん》に、これも赤く大きく千金丹と書いたのをさげていたと思う。せんだんの花のこぼれる南国の真夏の炎天の下を、こうした、当時の人の目にはスマートな姿でゆっくり練り歩きながら、声をテノルに張り上げて歌う文句はおおよそ次のようなものであった、「エーエ、ホンケーワーア、サンシューノーオー、コトヒーラーアヨ。(休)。マツシーマーア、カデンーノーオー、センキーンーンタン」というふうに全く同じ四拍子アンダンテの旋律を繰り返しながら、だんだんに薬の効能書きを歌って行くのである。「そのまた薬の効能は、疝気疝癪《せんきせんしゃく》胸痞《むねつか》え」までは覚えているがその先は忘れてしまった。
 子供らはこの薬売りの人間を「ホンケ」と呼んでいた。「ホンケが来たホンケが来た」と言って駆け出して行っては、この「ホンケ」を取り巻いて、そうして口々に「ホンケ、
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