けていた。それでとうとう母にねだって二つ三つの標本を買ってもらった。それは、煙管貝《きせるがい》のような格好で全体灰色をした一種の巻き貝であって、長さはせいぜい五六|分《ぶ》ぐらいであったかと思う。もちろん貝がらだけでなく生きた貝で、箱の中へ草といっしょに入れてやるとその草の葉末を蓑虫《みのむし》かなんぞのようにのろのろはい歩いた。海でなくて奥山にこんな貝がいるというのがいかにも不思議に思われたが、その貝の棲息状態《せいそくじょうたい》などについてはだれも話してくれる人はなかった。海の「オコゼ」は魚であるのになぜ山の「オコゼ」が貝であるかも不可解であった。
「山オコゼ」がどうして売り物になるか、またそれを買った人がどういう目的にそれを使用するか、という疑問に対して聞き得たことを今ではぼんやりしか覚えていない。なんでも今日のいわゆる「マスコット」の役目をつとめるというのであったようである。たとえばこれを懐中しているとトランプでもその他の賭博《とばく》でも必勝を期することができるというのであったらしい。もちろんこの効験は偶然の方則に支配されるのである。
「丸葉柳《まるばやなぎ》」のほうはど
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