少しも動かされない。光がエネルギーを搬《はこ》ぶと考えると光のあらゆる物理的化学的性質を説明して矛盾するところがない。
音の場合は光ほど六《むつ》かしくはないようである。この場合には音を搬ぶものが吾人の直接感覚し得る空気だからである。この場合には吾人は直接空気の振動を認める事が出来る。この音が伝わって行く際にエネルギーが搬ばれると考えると、少しも矛盾なく諸般の現象を説明する事が出来る。光は熱を生じ化学作用を起しまた圧力を及ぼして機械的の仕事をする。音も鼓膜を動かして仕事をし、また熱にも変ずる。しかるに此《こ》のごとく搬ばれ彼《か》のごとく変化するエネルギーの本体は何物か。これは吾人の官能の外にあるものでつまり一つの観念ではあるまいか。物質の観念が未開人にもあるのにエネルギーの考えが俗人に通ぜぬのはそのためではあるまいか。
こういいう風に考えれば物質その物もまた分らぬものである。物質諸般の性質を説明するには物質がすべて分子原子から成立していると考える事が必要なばかりでなく、また分子の実在はブラウン運動等からみてももはや疑い難い事である。またこれら分子がまた原子から成立している事も疑い
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