直接の交渉を有せぬ量であって、自然現象を整理するに便宜な尺度の一つと考えなければなるまい。仕事の考えが定まればエネルギーの考えはこれから導かれる。すなわち仕事をなす能をエネルギーと名づける。ある現象が起ってその間に甲が乙に仕事をしたとすれば甲はエネルギーを有《も》っていたと考え、その一部または全体が仕事として費やされたと考える。仕事を受けた方はまたそれだけのエネルギーを受取ったと考えてよい。これもまた一つの便宜上の Begriff であって自然その物はこの Begriff の中には少しも含まれておらぬのである。かくのごとく定めた energy なるものがあらゆる変化に際して総和において変らぬというのがいわゆる勢力《エネルギー》不滅則である。
 仕事と云いエネルギーと云うのはどこまでも人間特に物理学者が便宜上採用した観念である。力という語や速度という語が世俗に通じやすくて仕事エネルギーの解しにくいのはそのためである。このような観念の結合連鎖によって組み立てた力学物理学は吾人にとって非常に便宜なものであるが、しかしまたこの建設物が唯一な必然なものだとは信じられない。現在と全く異なった一つの
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