年賀状
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鵜照《うてる》君

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)友人|鵜照《うてる》君

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和四年一月『東京朝日新聞』)
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 友人|鵜照《うてる》君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍《いかいよう》である。
 彼は子供の時分から「新年」というものに対する恐怖に似たあるものを懐《いだ》いていた。新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、そして彼には全く意味の分らない祝詞《しゅくし》の文句をくり返し暗誦させられた事も一つの原因であるらしい。そして飲みたくない酒を嘗《な》めさせられ、食いたくない雑煮《ぞうに》や数の子を無理強《むりじ》いに食わせられる事に対する恐怖の念をだんだんに蓄積して来たものであるらしい。
 それでも彼が二十六の歳に学校を卒業してどうやら一人前になってから、始めて活版刷の年賀|端書《はがき》というものを印刷させた時は、彼相応の幼稚な虚栄心に多少満足のさざな
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