曜に自分もとうとう京成《けいせい》電車上野駅地下道の入口を潜った。おなじみの西郷銅像と彰義隊の碑も現に自分の頭の上何十尺の土層の頂上にあると思うと妙な気がする。
市中の地下鉄と違って線路が無暗《むやみ》に彎曲《わんきょく》しているようである。この「上野の山の腹わた」を通り抜けると、ぱっと世界が明るくなる。山のどん底から山の下の平野の空へ向って鉄路が上向きに登っているから、恰度《ちょうど》大砲の中から打出されたような心持がして面白い。打出されたところは昔|呉竹《くれたけ》の根岸《ねぎし》の里今は煤《すす》だらけの東北本線の中空である。
高架線路から見おろした三河島は不思議な世界である。東京にこんなところがあったかと思うような別天地である。日本中にも世界中にもこれに似たところはないであろう。慰めのない「民家の沙漠」である。
泥水をたたえた長方形の池を囲んで、そうしてその池の上にさしかけて建てた家がある。その池の上の廊下を子供が二、三人ばたばた駆け歩いているのが見えた。不思議な家である。
千住大橋でおりて水天宮《すいてんぐう》行の市電に乗った。乗客の人種が自分のいつも乗る市電の乗客と
前へ
次へ
全9ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング