みると、片腕から手さきがしびれて泣きたいような歯がゆいような心持がすることがある。これもその、しびれた手さきや手首を揉んでも掻いてもなかなか直らない。これらの場合にはそのしびれた脚や腕の根元に近いところに着物のひだで圧迫された痕跡が赤く印銘されているのでそこを引っかき摩擦すればしびれはすぐに消散するのである。病気にもこんな風に自覚症状の所在とその原因の所在とがちがうのがあるらしい。
 人間の心の病や、社会や国家の病にもこんなのがある。異常を「感じる」ところをいくら療治してもその異常は直らない。それを「感じさせる根原」の所在を突き止めなければ病は直せないのである。しかしこの病原を突きとめて適当な治療を加えることの出来るような教育者や為政者は古来稀である。
 喧嘩ばかりしていて、とうとうおしまいに別れてしまう夫婦がある。聞いてみると到底性格が一致せぬからだという。しかしよくよく詮議してみるとやはり貧乏が総ての究極の原因であったという場合もかなり多いようである。紳士と紳士が主義の相違で仲違いをしたというのが、その背後に物質の問題のかくれていることもある。
 世の中が妙に騒々しくて、青いX事件
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