が人間の喜びに相当するらしい感情の表現として、前足で足踏みをするのは、食肉獣の祖先がいい獲物を見つけてそれを引きむしる事をやったのとある関係があるのではないかという荒唐な空想が起こる。また一方原始的の食人種が敵人をほふってその屍《しかばね》の前に勇躍するグロテスクな光景とのある関係も示唆される。空想の翼はさらに自分を駆って人間に共通な舞踊のインスティンクトの起原という事までもこの猫《ねこ》の足踏みによって与えられたヒントの光で解釈されそうな妄想《もうそう》に導くのであった。
 赤ん坊の胴を持ってつるし上げると、赤ん坊はその下垂した足のうらを内側に向かい合わせるようにする。これは人間の祖先の猿が手で樹枝からぶら下がる時にその足で樹幹を押えようとした習性の遺伝であろうと言った学者があるくらいであるから、猫の足踏みと文明人のダンスとの間の関係を考えてみるのも一つの空想としては許されるべきものであろう。
[#地から3字上げ](昭和二年九月、思想)



底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
   1947(昭和22)年9月10日第1刷発行
   1964(昭和39)年
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