T3」は分数] = 0.008; 1/54[#「4」は上付き小文字、「1/54」は分数] = 0.0016
[#ここで字下げ終わり、ここで数式終わり]
であるから a1 = b1 = 0; a2 = b2 = a3 = b3 = 4/10; a4 = b4 = 2/10[#アルファベットに続くアラビア数字はすべて下付き小文字、「4/10」「2/10」は分数] の場合でも、P = s×0.007744 となり、sが4ならば、約三、一%を得るわけである。すなわち、三分ぐらいの符合では偶然だか、偶然でないかわからない事になる。
 以上はもちろんかなりいろいろな無理な仮定のもとに行なった計算である。これを逐次修正して言語学者の要求に応ずるように近づけて行くことは必ずしも困難ではないが、ここではしばらくこれ以上に立ち入らない事にする。
 要するにこれは、表題にも掲げたとおり、比較言語学上における統計学的研究の可能性を暗示するための一つの試みに過ぎないのである。
 学者の中には、二つの国語の間の少数な語彙《ごい》の近似から、大胆に二つのものの因果関係を帰納せんとする人もあるようであり、また一方においてあまりに細心で潔癖なために、暗合の悪戯に欺かれる事を恐れてこの種の比較に面迫することを回避する人もあるかもしれない。自分にはこの二つの態度がいつまでも互いに別々に離れて相対しているという事が斯学《しがく》の進歩に有利であろうとは思われない。むしろ進んで、暗合的なものと因果的なものとを含めた全体のものを取って、何かの合理的な篩《ふるい》にかけて偶然的なものと必然的なものとを篩《ふる》い分ける事に努力したほうが有利ではあるまいか。そうして統計的に期待さるべき暗合の確率と、実際の統計的符合率とを対照して、因果関係の「濃度」を示すべき数値を定め、その値の比較的大なるものについて、さらに最初の仮定の再吟味を遂行し、その結果に基づいて修正された新たな仮定を設け、逐次かくのごとくしていわゆる漸近的近似法によって進行すれば、少なくも現在よりは、いくらか科学的に研究を進められはしないかと考えるのである。
 たとえば子音|転訛《てんか》の方則のごときでも、独断的の考えを捨てて、可能なるものの中から甲乙丙……等の作業仮定を設けて、これらにそれぞれ相当するPを算出し、また一方この仮定による実際の比較統計の符合の率を算出し、この両者を比較して、その結果から甲乙丙いずれが最も穏当であるかを決定すべきである。
 統計的方法の長所は、初めから偶然を認容してかかる点にある。いろいろな「間違い」や「杜撰《ずざん》」でさえも、最後の結果の桁数《オーダー》には影響しないというところにある。そして、関係要素の数が多くて、それら相互の交渉が複雑であればあるほど、かえってこの方法の妥当性がよくなるという点である。
 それで、この方法を真に有効ならしむるには、むしろあらゆる独断、偏見、臆説《おくせつ》をも初めから排する事なく、なるべくちがったものをことごとくひとまず取り入れて、すべての可能性を一つ一つ吟味しなければならない。軽々しい否定は早急な肯定よりもはるかに有害であるからである。これは実験的科学を研究する者に周知の事である。また往々にして忘却される事である。もっともこういうたんねんの吟味をするにはかなりの手数と時間を要する。それかと言って、いつまでもなんらかこの種の方法をとらなければ、独断と独断との間の討論の終結する見込みは立たないように思われるのである。いかにめんどうでも遂行すればするだけ、あともどりはしないであろうと信ずる。しかもそのほう専門の研究者の専門の仕事として見る時は、他の科学者、たとえば天文学者、物理学者、化学者などの仕事に比してそれほどにめんどうな仕事とは決して思われないのである。
 もちろん、これも他の科学の場合と全く同様に、初めからそううまくは行かないであろう。そうして、すべての可能なるものへの試みの「不可能」を「証明」し、抹殺《まっさつ》する事にのみ興味をもつ「批評家」の批評を受けなければなるまい。しかしあらゆる「精密科学」はその根底において、ちょうどかくのごとき方法を取って進んで来たものである。すべてがそのはじめは不精密なる経験の試験的整理を幾重となく折り返し繰り返し重ねて、漸進的に進んで来たものである。その昔、独断と畏怖《いふ》とが対峙《たいじ》していた間は今日の「科学」は存在しなかった。「自然」を実験室内に捕えきたってあらゆる稚拙な「試み」を「実験」の試練にかけて篩《ふる》い分けるという事、その判断の標準に「数値」を用いるという事によって、はじめて今日の科学が曙光《しょこう》を現わしたと思われる。もし古来の科学者が、「試み」なしの臆断《おくだん》を続けたり、
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