は容易に見られない。従ってこれに対する研究もまれであるのは当然である。しかし、西洋に木造都市の火事の研究がないからと言って日本人がそれに気兼ねをして研究を遠慮するには当たらない。それは、英独には地震が少ないからと言って日本で地震研究を怠る必要のないと同様である。ノルウェーの理学者が北光《オーロラ》の研究で世界に覇《は》をとなえており、近ごろの日本の地震学者の研究はようやく欧米学界の注意を引きつつある。しかしそれでもまだ灸治《きゅうじ》の研究をする医学者の少ないのと同じような特殊の心理から火事の研究をする理学者が少ないとしたらそれは日本のためになげかわしいことであろう。
 アメリカでは都市の大火はなくても森林火災が頻繁《ひんぱん》でその損害も多大である。そのために特別な科学的研究機関もあり、あまり理想的ではないまでもともかくも各種の研究が行なわれ、その結果はある程度まで有効に予防と消火の実際に応用されている。西部の森林地帯では「火事日和《かじびより》」なるものを指定して警報を発する設備もあるようである。
 わが国でも毎年四五月ごろは山火事のシーズンである。同じ一日じゅうに全国各地数十か所
前へ 次へ
全22ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング