いどうぶつ》」の中で最大なるものは何か、という人困らせの疑問に対する正しい解答は「それは羽のない一種の蚊である」というのである。こんな国土もあることを考えると、われわれは蚊もいるが馬も牛もおり、しかも虎《とら》や獅子《しし》のいない日本に生まれたことの幸福を充分に自覚してもいいのである。
今私は浅間山《あさまやま》のふもとの客舎で、この原稿を書きながらうぐいすやカッコウやホトトギスやいろいろのうたい鳥の声に親しんでいる。きじらしい声も聞いた。クイナらしい叩音《こうおん》もしばしば半夜の夢に入った。これらの鳥の鳴き声は季節の象徴として昔から和歌や俳句にも詠ぜられている。また、日本はその地理的の位置から自然にいろいろな渡り鳥の通路になっているので、これもこの国の季節的景観の多様性に寄与するところがはなはだ多い。雁《がん》やつばめの去来は昔の農夫には一種の暦の役目をもつとめたものであろう。
野獣の種類はそれほど豊富ではないような気がする。これは日本が大陸と海で切り離されているせいではないかと思われる。地質時代に朝鮮《ちょうせん》と陸続きになっていたころに入り込んでいた象や犀《さい》などは
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