原大陸」の茫漠《ぼうばく》たる原野以外の地球の顔を見たことのないスラヴの民には「田ごとの月」の深甚《しんじん》な意義がわかろうはずはないのである。日本人をロシア人と同じ人間と考えようとする一部の思想家たちの非科学的な根本的錯誤の一つをここにも見ることができるであろう。
稲田桑畑芋畑の連なる景色を見て日本国じゅう鋤鍬《すきくわ》の入らない所はないかと思っていると、そこからいくらも離れない所には下草の茂る雑木林があり河畔の荒蕪地《こうぶち》がある。汽車に乗ればやがて斧鉞《ふえつ》のあとなき原始林も見られ、また野草の花の微風にそよぐ牧場も見られる。雪渓《せっけい》に高山植物を摘み、火口原の砂漠《さばく》に矮草《わいそう》の標本を収めることも可能である。
同種の植物の分化の著しいことも相当なものである。夏休みに信州《しんしゅう》の高原に来て試みに植物図鑑などと引き合わせながら素人流《しろうとりゅう》に草花の世界をのぞいて見ても、形態がほとんど同じであって、しかも少しずつ違った特徴をもった植物の大家族といったようなものが数々あり、しかも一つの家族から他の家族への連鎖となり橋梁《きょうりょう》
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