洗うために鉢《はち》の水が動揺すると、この水の定常振動と同じ週期で一種の楽音を発することがしばしばある。それでよく気をつけて見ると、これは鉢の縁とコップとの摩擦によって起こる鉢の振動のためらしい事がわかった。宅《うち》の洗面台はきわめて粗末な普通のいわゆる流しになっていて、木製の箱の上に亜鉛板を張ったものであるが、それが凹凸《おうとつ》があって下の板としっくり密着していないために、洗面鉢の水が動揺するにつれて鉢自身がやはり少しの傾斜振動をする。しかるに鉢の底面からは相当離れた所に固定しているコップは不動であるから、そこで相互間の週期的の摩擦運動が起こり、そのためにちょうど弓でクラドニ板をこする場合に似た事がらが生ずるのであるらしい。さてこれだけならば問題ははなはだ平凡であるが、ここで問題になるのは、右のような条件が具備した時でも必ずしもきれいな音響を出さぬ場合と、また非常によく鳴る場合とがあることである。
古い物理書などに書いてあるとおりガラスのフィンガーボールの縁を指頭で摩擦して楽音を発せしめる場合に、指を水でぬらしておいて摩擦する事になっているが、現在の場合でも接触面が水でぬれて
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