虞美人草《ぐびじんそう》のつぼみははじめうつ向いている。いよいよ咲く前になって頭をもたげてまっすぐに起き直ってから開き始める。ある夏中庭の花壇にこの花を作ったとき、一日試みに二つのうつ向いたつぼみの上方にヘアピン形に折れ曲がった茎を紙撚《こよ》りのひもでそっと縛っておいた。それから二三日たって気がついて見ると、一つは紙ひもがほどけかかってつぼみの軸は下方の鉛直な茎に対して四五十度ぐらいの角度に開いて斜めに下向いたままで咲いていた。もう一つのは茎の先端がずっと延びてもう一ぺん上向きに生長し、そうしてちゃんと天頂を向いた花を咲かせていた。つまり茎の上端が「り」の字形になったわけである。
もっと詳しくいろいろ実験したいと思っているうちに花期が過ぎ去った。そうしてその年以来他の草花は作るが虞美人草はそれきり作らないので、この無慈悲な花いじめを繰り返す機会に再会することができない。
四
カラジウムを一|鉢《はち》買って来て露台のながめにしている。芋の葉と形はよく似ているが葉脈があざやかな洋紅色に染められてその周囲に白い斑点《はんてん》が散布している。芋から見れば片輪者であり化け物であろうが人間が見るとやはり美しい。
ベコニア、レッキスの一種に、これが人間の顔なら焼けどの瘢痕《はんこん》かと思われるような斑紋のあるのがある。やけどと思って見るとぞっとするくらいであるがレッキスとして見れば実に美しい。
アフリカの蛮人でくちびるを鐃※[#「拔」の「てへん」に代えて「金」、第3水準1−93−6]《にょうばち》のように変形させているのや、顔じゅう傷跡だらけにしているのがあるが、あれはどうもどう見ても美しいと思えない。あれでもやはりまだあまりに多くわれわれに似すぎているからであろう。
ほんとうに非凡なえらい神様のような人間の目から見たら、事によるとわれわれのあらゆる罪悪がみんなベコニアやカラジウムの斑点のごとく美しく見えるかもしれないという気がする。
五
朝二階の寝間の床の上で目をさまして北側の中敷窓から見ると隣の風呂《ふろ》の煙突が見える。煙突と並行して鉄の梯子《はしご》が取り付けてあるのによくすずめの群れが来て遊んでいる。まず一羽飛んで来て中段に止まる。あとからすぐに一羽追っかけて来て次の段にとまる。第三のが来て空中で羽ばたきしながら
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