とすれば、前記の人事も全くの偶然ではないかもしれないと思われる。少なくも、宅《うち》に取り込み事のある場合に家内の人々の精神状態が平常といくらかちがうことは可能であろう。
 年末から新年へかけて新聞紙でよく名士の訃音《ふいん》が頻繁《ひんぱん》に報ぜられることがある。インフルエンザの流行している時だと、それが簡単に説明されるような気のすることもある。しかしそう簡単に説明されない場合もある。
 四五月ごろ全国の各所でほとんど同時に山火事が突発する事がある。一日のうちに九州から奥羽《おうう》へかけて十数か所に山火事の起こる事は決して珍しくない。こういう場合は、たいてい顕著な不連続線が日本海から太平洋へ向かって進行の途中に本州島弧を通過する場合であることは、統計的研究の結果から明らかになったことである。「日が悪い」という漠然《ばくぜん》とした「説明」が、この場合には立派に科学的の言葉で置き換えられるのである。
 人間がけがをしたり、遺失物をしたり、病気が亢進《こうしん》したり、あるいは飛行機がおちたり汽車が衝突したりする「悪日」や「さんりんぼう」も、現在の科学から見れば、単なる迷信であっても
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