しても当時耳にする機会の多かった本物の音楽に比べては到底比較にならない物足りないものだという気がした。曲の構想や旋律を研究し記憶して、次に本物を聞くための準備をするには非常に重宝なものであるとは気がついたが、これを純粋な芸術的享楽の目的物とする気にはどうもなれなかった。
 それで蓄音機と私との交渉はそれきりになってさらに十年の歳月が流れた。
 ある年の十月に私は妻を失った。やがて襲って来た冬はわびしいわが家をさらにわびしいものにした。おおぜいの子供をかかえて家内じゅうの世話をやく心せわしいさびしさのうちに年が暮れて正月になった。年頭の儀式は廃しても春はどこやら春らしくて、突きつまったような心にもいくらかのゆとりができた。三が日過ぎたある日親類へ行ったら座敷に蓄音機が出ていた。正月の客あしらいかたがたどこからか借りて来たので、私が来たら聞かせようと言って待っていたとの事であった。そこでおとぎ歌劇「ドンブラコ」というのを聞かされた。
 この器械はいわゆる無ラッパの小形のもので、音が弱くて騒がしい事はなかったが、音色の再現という点からはあまり完全とは思われず、それに何かものを摩擦するような雑
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