が正しい。それでかまわず地図の教えるとおりに歩いて行くと、あとから先ほどの若い男が駆けて来て、「ちょっと勘違いしました、どうもすみません」といって駆け抜けて行った。小瀬へ行ってみるとその男はもうちゃんと宿屋に納まって子供とピンポンをやっていた。人間は勘違いしたり、故意にだましたりしても、五万分一地形図はいつも正直である。たまに、万に一の地図の誤りを指摘して小言をいう好事家《こうずか》があるにしても陸地測量部地形図の信用は小ゆるぎもしないであろう。ただいちばん面食らわされるのは、東京付近などで年々新しく開設される電鉄軌道や自動車道路がその都度記入されていないことだけである。
 東京付近へドライヴに出るとき気のついたことは、たいていの運転手が陸地測量部地形図を利用しないでかえって坊間で売っている不正確な鳥瞰的《ちょうかんてき》地図を使っていることである。どうも地形図の読み方をよく知らない運転手が多いらしい。しかしまた前記のように地形図がアップ・ツ・デートでないためもあるかもしれない。
 地形図の価値はその正確さによる。昔ベルリン留学中かの地の地埋学教室に出入していたころ、一日P教授が「おも
前へ 次へ
全14ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング