と同時に時間に対しても無限である。時と空間で織り出した Minkowski の Welt にはここまで以上には手の届かぬという限界はないのである。
 疑いは知の基である。よく疑う者はよく知る人である。南洋孤島の酋長《しゅうちょう》東都を訪《と》うて鉄道馬車の馬を見、驚いてあれは人食う動物かと問う、聞いて笑わざる人なし。笑う人は馬の名を知り馬の用を知り馬の性情形態を知れどもついに馬を知る事はできぬのである。馬を知らんと思う者は第一に馬を見て大いに驚き、次に大いに怪しみ、次いで大いに疑わねばならぬ。
 寺院の懸灯の動揺するを見て驚き怪しんだ子供がイタリアピサに一人あったので振り子の方則が世に出た。りんごの落ちるを怪しむ人があったので万有引力の方則は宇宙の万物を一つの糸につないだというのは人のよく言う話である。基礎的の原理原則を探り当てる大科学者は常に最も無知な最も愚かな人でなければならぬ。学校の教科書を鵜《う》のみにし、先人の研究をその孫引きによって知り、さらに疑う所なくしてこれを知り博学多識となるものはかくのごとき仕事はしとげられないのである。
 しかれども大いに驚き大いに疑う無知者愚者
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