り付けてからまだ三年にもならないうちに二個までも同じ部分が破損するところを見ると、このスイッチのこしらえ方はあまりよくないと言わなければならない。もう少し作り方なり材料なりを親切に研究したのなら、これほどもろくできるはずはないだろうと思われた。銅板を曲げた角《かど》の所にはどの道かなり無理がいっているから、あとで適当になます[#「なます」に傍点]とか、あるいは使用のたびにそこに無理が繰り返されないように構造のほうをくふうするとか、なんとかしてほしいものだと思った。
水道の断水とスイッチの故障との偶然な合致から、私はいろいろの日本でできる日用品について平生から不満に思っていた事を一度に思い出させられるような心持ちになって来た。
第一に思い出したのが呼び鈴の事であった。今の住居に移った際に近所の電気屋さんに頼んで、玄関や客間の呼び鈴を取り付けてもらった。ところが、それがどうも故障が多くて鳴らぬ勝ちである。電池が悪いかと思って取り換えてもすぐいけなくなる。よく調べてみると銅線の接合した所はハンダ付けもしないでテープも巻かずにちょっとねじり合わせてあるのだが、それが台所の戸棚《とだな》の中などにあるからまっ黒くさびてしまっている。それをみがいて継ぎ直したらいくらかよくなったが、またすぐにいけなくなる。だんだんに吟味してみると電鈴自身のこしらえ方がどうしてもほんとうでないらしい。ほんとうなら白金か何か酸化しない金属を付けておくべき接触点がニッケルぐらいでできているので、少し火花が出るとすぐに電気を通さなくなるらしい。時々そこをゴリゴリすり合わせるとうまく鳴るが、毎日忘れずにそれをやるのはやっかいである。これはいったいコイルの巻き数や銅線の大きさなどが全くいいかげんにできていて、むやみに強い電流が流れるからと思われる。それだからちょっとやってみる試験には通過しても、長い使用には堪えないように初めからできている。それを二年も三年も使おうというほうが無理だということがわかった。そしてずいぶん不愉快な気がした。こういうものが平気に市場に出ていて、だれでもがそれを甘んじて使っているかと思うのが不愉快であった。しかしまさかこんなにせ物ばかりもあるまいと思って、試みに銀座《ぎんざ》のある信用ある店でよく聞きただした上で買って来たのを付け換えたら、今度はまずいいようである。ついでに導線の接合をすっかりハンダで付けさせようと思ったが前の電気屋はとうの昔どこかへ引っ越していなくなったし、別のに頼んでみるとめんどうくさがって、そしてハンダ付けなど必要はないと言ってなかなかやってはくれない。
少々価は高くとも長い使用に堪えるほんとうのものがほしいと思っても、そんなものは今の市場ではなかなか容易には得られない。たとえばプラチナを使った呼び鈴などは、高くてだれも買い手はないそうである。これは実際それほど必要ではないかもしれないが、プラチナを使わないなら使わなくてもいいだけにほかの部分の設計ができていないのはどうも困る。
私の頼んだ電気屋が偶然最悪のものであったかもしれないが、ほうぼうに鳴らない玄関の呼び鈴が珍しくないところから見ると私と同じ場合はかなりに多いかもしれない。
もしこんな電気屋が栄え、こんな呼び鈴がよく売れるとすると、その責任の半分ぐらいは、あまりにおとなしくあきらめ[#「あきらめ」に傍点]のいい使用者の側にもありはしまいか。
呼び鈴に限らず多くの日本製の理化学的器械についてよく似た事に幾度出会ったかわからないくらいである。たとえばおもちゃのモートルを店屋でちょっとやってみる時はよく回るが買って来て五分もやればブラシの所がやけて[#「やけて」に傍点]もういけなくなる。
蓄音機の中の歯車でもじきにいけなくなるのがある。これは歯車の面の曲率などがいいかげんなためだか、材料が悪いためだかわからない。おそらく両方かもしれない。
このような似て非なるものを製する人の中には、西洋でできた品をだいたいの外形だけ見て、ただいいかげんにこしらえればそれでいいものだと思っているのがあるいはありはしまいか。ある人の話では電気の絶縁のためにエボナイトを使ってある箇所を真鍮《しんちゅう》で作って、黒く色だけをつけておいた器械屋があるという。これはおそらくただの話かもしれない。しかしそれと五十歩百歩のいいかげんさは至るところにあるかもしれない。
五十年前に父が買った舶来のペンナイフは、今でも砥石《といし》をあてないでよく切れるのに、私がこのあいだ買った本邦製のはもう刃がつぶれてしまった。古ぼけた前世紀の八角の安時計が時を保つのに、大正できの光る置き時計の中には、年じゅう直しにやらなければならないのがある。
すべてのものがただ外見だけの間に合わせもので、ほんとう
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