これで筆を擱《お》こうと思ってふと縁先の硝子障子《ガラスしょうじ》から外を見ると、少しもう色付きかかった紅葉の枝に雀が一羽止ってしきりに羽根を繕っている。午《ひる》過ぎの秋の日を一杯に浴びて気持のよさそうに羽根をふるわせたり、可愛らしい頭をかしげてみたりしている。紅葉の葉にはスペクトラムのあらゆる光彩が躍っている。しばらくじっと見ていたが、やっぱり天然の芸術は美しいと思った。この雀や紅葉の中へなら何時でも私の「私」を投げ込む事が出来る。
「お前にはそれくらいものが丁度いいだろう」と云われればそれまでである。私はそれくらい[#「それくらい」に傍点]の絵をいまだ発見しない。[#地から1字上げ](大正九年十一月『中央美術』)



底本:「寺田寅彦全集 第八巻」岩波書店
   1997(平成9)年7月7日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「中央美術」
   1920(大正9)年11月1日
※初出時の署名は「有平糖」です。
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年7月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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