出した要素がそれぞれ一種の普遍的な事実あるいは方則のようなものであって、しかも相互の間に何らの矛盾もなければ背違もない。あたかも多様な見方の上に組立てた科学的系統が相併立しているような観がある。現今の物質科学ではこういう自由は許されていない。人間性《アンスロポモルフィズム》というものを出来るだけ除外しようという傾向からすればこれは当然な事であるが、芸術ではこの点は勿論ちがう。おのおのの画家はそれぞれの系統を有し、そのおのおのが事実であり真実でありしかも互いに矛盾しないところが面白くまた尊いところであろう。
筆触や用墨を除いた日本画や南画の根本的の要素は何かという事は六かしい問題であるが、自分はこの要素の材料となるものは前にいったような原始的で同時に科学的な見方と表現法であると思う。しかしそれだけではいまだ野蛮人や子供の絵と異なるところはないが、それと大いに異なるところはこれらの材料から組立てる一種の「|思考の実験《ゲダンケンエキスペリメント》」である。科学者が既知の方則を材料として演繹的《えんえきてき》にこのような実験を行って一つの新しい原理などを構成すると同様に、南画家はまた一種の
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