ものも科学の場合とは無論一様でない。しかしともかくも芸術家のうちで自然そのものを直接に見て何物かを見出そうという人があれば、その根本の態度や採るべき方法には自《おの》ずから科学者と共通点を見出す事が出来てもよい訳である。
 新しい目で自然を見るという事は存外六《むつ》かしい事である。吾人《ごじん》は生れ落ちて以来馴れ切っている周囲に対して、ちゃんと定まった、しかも極《きわ》めて便宜的《コンヴェンショナル》な型や公式ばかりを当《あ》て嵌《は》めている。朝起きて顔を洗う金盥《かなだらい》の置き方から、夜寝る時の寝衣の袖の通し方まで、無意識な定型を繰返している吾人の眼は、如何に或る意味で憐れな融通のきかきぬものであるかという事を知るための、一つの面白い、しかも極めて簡単な実験は、頭を倒《さかさ》にして股間《こかん》から見馴れた平凡な景色を覗《のぞ》いて見る事である。たったそれだけの眼の向け方でも今まで見逃していた自然の美しさが今更《いまさら》のように目に立つのである。写真機のピントガラスに映った自然や、望遠鏡の視野に現われた自然についても、時に意外な発見をして驚くのは何人《なんぴと》にも珍し
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