家の縁起絵巻物などに瞥見《べっけん》するところである。これを何と形容したら適当であるか、例えばここに饒舌《じょうぜつ》な空談者と訥弁《とつべん》な思索者とを並べた時に後者から受ける印象が多少これに類しているかもしれない。そして技巧を誇る一流の作品は前者に相応するかもしれない。饒舌の雄弁|固《もと》より悪くはないかもしれぬが、自分は津田君の絵の訥弁な雄弁の方から遥かに多くの印象を得、また貴重な暗示を受けるものである。
 このような種々な美点は勿論津田君の人格と天品とから自然に生れるものであろうが、しかし同君は全く無意識にこれを発揮しているのではないと思われる。断えざる研究と努力の結果であることはその作品の行き方が非常な目まぐるしい速度で変化しつつある事からも想像される。近頃某氏のために揮毫《きごう》した野菜類の画帖を見ると、それには従来の絵に見るような奔放なところは少しもなくて全部が大人しい謹厳な描き方で一貫している、そして線描の落着いたしかも敏感な鋭さと没骨描法《もっこつびょうほう》の豊潤な情熱的な温かみとが巧みに織り成されて、ここにも一種の美しい交響楽《シンフォニー》が出来ている。こ
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