中村彝氏の追憶
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)田中舘《たなかだて》先生
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)中村|彝《つね》氏を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十四年六月『木星』)
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自分が中村|彝《つね》氏を訪問したのはあとにも先にもただ一度である。
田中舘《たなかだて》先生の肖像を頼む事に関して何かの用向きで、中村|清二《せいじ》先生の御伴をして、谷中《やなか》の奥にその仮寓《かぐう》を尋ねて行った。それは多分初夏の頃であったかと思う。谷中の台地から田端《たばた》の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲《わんきょく》した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。
店の向かって右の狭苦しい入口からすぐに二階へ上がるのであったかと思う。こういう家に通有な、急勾配で踏めばギシギシ音のする階段であった。段を上がった処が六畳くらい(?)の部屋で表の窓は往来に面していた。その背後に三畳くらいの小さな部屋があ
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