の上の活劇の進行の模様が相撲に不案内なわれわれにもよくわかるような気がする。それでこの放送では、むしろ観客群集のほうが精神的に主要な放送者であって、アナウンサーのほうは機械的な伴奏者だというような気もするのである。そんな気のするのは畢竟《ひっきょう》自分が平生相撲に無関心であり、二三十年来相撲場の木戸をくぐった事さえないからであろう。それほど相撲に縁のない自分が、三十年ほど前に夏目漱石先生の紹介で東京朝日新聞に「相撲の力学」という記事を書いて、掲載されたことがある。切り抜きをなくしたので、どんな事を書いたか覚えていないが、しかし相撲四十八手の裏表が力学の応用問題として解説の対象となりうることには違いはないので、その後にだれか相撲好きの物理学者が現われ、本格的な「相撲の力学」を研究し開展させて後世に対する古典文献を著述するであろうと思って期待していたが、自分の知る限りまだそうした著書はおろか論文も見当たらない。そんなものを書いても今の日本では学位も取れず金ももうからないためかもしれない。しかし昨今のように国粋的なものが喜ばれ注意される傾向の増進している時代では、あるいはこうした研究もそれ
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