であるかもしれない。学風の新鮮を保ち沈滞を防ぐためにはやはりなるべく毛色のちがった人材を集めるほうがかえっていいかもしれないのである。同じことは他のあらゆる集団についても言われるであろう。
 それはとにかく、ある時東海道の汽車に乗ったら偶然梅ケ谷と向かい合いの座席を占めた。からだの割合にかわいい手が目についた。みかんをむいて一袋ずつ口へ運び器用に袋の背筋をかみ破ってはきれいに汁を吸うて残りを捨てていた。すっかり感心して、それ以来みかんの食い方だけはこの梅ケ谷のまねをすることにきめてしまった。
 ラジオの放送を聞きながらこんな取り止めもないことを考えていたのであった。
 相撲と自分との交渉は洗いざらい考えてみてもまずあらかたこれだけのものに過ぎない。相撲好きの人から見たら実にあきれ返るであろうと思われるほどに相撲の世界と自分の世界との接触面は狭小なものである。しかしむしろそういう点で自分らのようなもののこうした相撲随筆も広大な相撲の世界がいかなる面あるいは線あるいは点において他の別世界と接触しうるかということを示す一例として、一部の読者にはまた多少の興味があるかもしれないと思った次第である。



底本:「日本の名随筆 別巻2 相撲」作品社
   1991(平成3)年4月25日第1刷発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第九巻」岩波書店
   1961(昭和36)年6月初版発行
初出:「時事新報」
   1935(昭和10)年1月
※「梅ケ谷」の「ケ」を小書きしない扱いは、底本通りにしました。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:富田倫生
校正:かとうかおり
2003年3月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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