面から左方約四十五度の方向で仰角約四十度ぐらいの高さの所を一つの火の玉が水平に飛行したというのである。その水平経路の視角はせいぜい二三十度でその角速度は、どうもはっきりはしないが、約半秒程度の時間に上記の二三十度を通過したものらしい。
 二人の目撃者の相互の位置は一|間《けん》ほど離れており、また椅子の向きも少しちがっていたので、私は二人の各位置について、そのおのおのの見たという光の通路の方向を実地見証してみた。そうして、その二人のさす方向線の相会するあたりに何があるかを物色してみた。すると、およその見当に温泉の浴室があり、その建物の高い軒下には天井の周囲を帯状にめぐらす明かり窓があって浴室内の電燈の光に照らされたその窓が細長い水平な光の帯となって空中にかかっている。どうも火の玉の経路がおおよそそれと同じ見当になるらしいのである。
 ところで、だんだんによく聞きただしてみると、二人の証言のうちで一つ重大な点で互いに矛盾するところがあるのを発見した。すなわち向かって右のほうにいたAは光が左から右へ動くように思ったというのに左のほうにいたBはそれとは正反対に右から左へ動いたようだと主張する
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