その日暮しその年暮しになりやすい恐れのある官僚政治の管下から完全に救出して、もう少し安定な国家の恒久的機関を施定することが刻下の急務ではないかと思われる。そうすれば凶作問題なども自ずから解決の途につくはずであろう。
 凶作のみならず水害風害あるいは地震や火事の災害を根本的に除くためには、やはり同様な恒久的施設が必要である。健忘症の政治家や気まぐれな学界元老などの手に任せておくにはあまりに大切な仕事である。
 こういう見地から見て現在一番信頼の出来る施設は中央気象台とその配下にある海洋気象台のそれである。そこにはともかくも一般政治から独立した恒久的観測研究の系統が永い以前から確定されており、その上に当代の有名な学者の数々を聚《あつ》めているのであるから、この際思い切って気象台の観測事業の範囲を徹底的に拡張して、そうして前述のごときあらゆる天災の根本的研究とその災害に対する科学的方策の綜合的考究に努力せしめるのが最も時宜《じぎ》に適したものではないかと思われる。そうして、無理な注文かもしれないがもし出来ることなら、こうした機関はむしろ文部省の管轄からも独立させて、全く特殊な恒久的国家機関とし、非科学的なあるいは科学に無理解な御役人達の政治の支配下から解放して健全な発達を計るのが国家百年の大計のために甚だ望ましいことではないかという気もする。
 以上は新春の屠蘇機嫌《とそきげん》からいささか脱線したような気味ではあるが、昨年中頻発した天災を想うにつけても、改まる年の初めの今日の日に向後《こうご》百年の将来のため災害防禦に関する一学究の痴人の夢のような無理な望みを腹一杯に述べてみるのも無用ではないであろうと思った次第である。もし当りさわりがあったら勝手ながら屠蘇のせいと見遁《みのが》してもらいたい。
[#地から1字上げ](昭和十年一月『都新聞』)



底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
   1997(平成9)年6月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「都新聞」
   1935(昭和10)年1月1日
※初出時の署名は「吉村冬彦」。
※単行本「蛍光板」に収録。
入力:砂場清隆
校正:多羅尾伴内
2003年10月23日作成
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