て三階から降りて来て手伝いました。いちばん高い枝につるすには梯子《はしご》が入用でした。あぶないと言ったがきかないで、スタルク嬢がつるしました。その夜の十一時の汽車で主婦《かみ》さんのむすこが帰って来るということでした。このむすこも娘も主婦さんの継子《ままこ》だそうです。むすこはエーベルフェルドの電気工場に勤めているそうで、それがワイナハトには久しぶりで帰るというので、この間じゅうから妹娘が贈物《ゲシェンク》する襟飾《えりかざり》を編んでいました。とうとうできあがらないとこぼしていました。都合で夕食後にバウムに灯《ひ》をつけました。きれいでした。室《へや》の片側へ机を並べて、皆一同の贈物が陳列してありました。二人の下女もそれぞれ反物をもらって喜んでいました。親子が贈物を取りかわし「ムッター」「ヘレーネ」とお互いに接吻《せっぷん》するのはちょっと不思議に思われました。主婦がピアノの前にすわって、みんなでワイナハトの歌をうたいました。雪のふるのがほんとうだそうですが、この晩は暴風雨のような雨が降ってひどい天気でした。記念にバウムの写真をとりたいと思って、町へマグネシウムを買いに出ましたら、町の家々の窓にもワイナハトバウムの光が映って、ところどころ音楽も聞こえて愉快そうに見えました。十一時過ぎにむすこが帰って来ましたが、私はもう室《へや》へ帰って床の中で新聞を見ていましたから、その夜は会いませんでした。夜ふけるまで隣の室で低い話し声が聞こえていました。むすこはそれから三日目の晩食後に帰って行きましたが、その晩食の席で主婦がサンドウィッチをこしらえて新聞に包んでやりました。汽車の着くのは夜半だからといって、いちばん厚いパンの切れを選《よ》っていました。食事が済んで汽車の出るまでだいぶ間があるので、むすこはピアノの前へすわってワイナハトの歌などひいていました。主婦《かみ》さんとむすこは始終いろいろ話しておりましたが、兄妹の間にはいっこうなんの話もありませんでした。それでもネクタイはやっとできあがったそうでした。
ゆうべはジルヴェスターアーベンドというので、またバウムに蝋燭《ろうそく》をともしました。そして食後にあたたかいプンシュを飲んで、お菓子をかじりました。食堂の棚《たな》に飾ってある葡萄《ぶどう》が毎日少しずつなくなるのは不思議だという話が出ました。きょうはたった四つになったといってわざわざ見せてくれました。ある主婦が盗み食いをする下女を懲らすためにお菓子の中へ吐剤を入れておいた話も聞きました。スタルク嬢は下稽古《したげいこ》でおそくなってやって来ました。この人はいつでも忙しい忙しいといっています。田舎芝居《いなかしばい》で毎日変わった物を演ずるので、下読みが忙しいそうです。ある日、いつも外出する時間に出ないで室《へや》にいましたら、隣の食堂で下読みが始まってちょっと驚きました。あとで聞いたらレッシングの「ミンナ・フォン・バルンヘルム」とかであったそうです。
この大晦日《おおみそか》の晩十二時に日本へ送る年賀状を出しに出ました。町の辻《つじ》で子供が二三人雪を往来の人に投げつけていました。市役所のへんまで行くと暗やみの広場に人がおおぜいよっていて、町の家の二階三階からは寒いのに窓をあけて下をのぞいている人々の顔が見える。市役所の時計が十二時を打つと同時に隣のヨハン会堂《キルヘ》の鐘が鳴り出す。群集が一度にプロージット・ノイヤール、プロージット・ノイヤールと叫ぶ。爆竹に火をつけて群集の中へ投げ出す。赤や青の火の玉を投げ上げる。遅れて来る人々もあちこちの横町からプロージット・ノイヤールと口々に叫ぶ。町の雪は半分|泥《どろ》のようになった上を爪立《つまだ》って走る女もあれば、五六人隊を組んで歌って通る若者もある。巡査もにこにこして、時々プロージットの返答をしている。学生が郵便配達をつかまえて、ビールの息とシガーの煙を吹きかけながら、ことしもまたうんと書留を持って来てくれよなどと言って困らせている。ふざけて抱き合う拍子にくわえたシガーが泥《どろ》の上へ落ちたのを拾ってはまた吸っています。プラッツのすみのほうに銅壺《どうこ》をすえてプンシュを売っている男もありました。寺の鐘は十五分ほど鳴っていました。帰って来る途中のさびしい町でもところどころ窓から外を見ている人がありました。帰って寝ようと思ったら窓の下でだれかプロージット・ノイヤールと大きな声がして、向こうの家からプロージットプロージットとそれに答えているのが聞こえました。
書いている間に日が暮れました。いっこう元日らしいところはありません。きょうから隣の空室へ判事試補マイヤー君が宿をとりました。法科のベルナー君や理科のデフレッガア君などは目下郷里へ帰ってたいへん静かであります。
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