ンの低いうなりが響いたり消えたりしていました。右側の回廊の柱の下にマドンナの立像があってその下にところどころ活版ずりの祈祷《きとう》の文句が額になってかけてあります。この祈祷をここですれば大僧正から百日間のアンジュルジャンスを与えるとある。「年ふるみ像のみ前にひれふしノートルダームのみ名によりて祈りまつる、わが神のみ母よ……」というような文句であります。数世紀の間パリの喜び悲しみをわれらの祖先がここにこの像の前に喜び悲しんだというような文句がある。若い女が黒い紗《しゃ》で顔をかくして手に長い蝋燭《ろうそく》を持って像の前に立った。そして欄にもたれてひざまずいてじっとしている。美しい肩が時々波を打って、帽子の黒い鳥の羽がふるえるように見えました。マドンナのすぐわきにジャンダークの石膏像《せっこうぞう》がある。この像の仕上げのために喜捨を募るという張り札がしてある。回廊の引っ込んだ所には、僧侶《そうりょ》が懺悔《ざんげ》をきく所がいくつもある。一昨年始めてイタリアのお寺でこの懺悔をしているところを見ていやな感じがしてから、この仕掛けを見るごとに僧侶を憎み信徒をかわいく思います。奥の廊下の扉《とびら》のわきに「宝蔵見物のかたはここで番人をお待ちくだされたし」という張り札がしてある。その前で坊さんが二人立ち話をしている。
 門を出ると外はからっ風が吹きあれていました。堂の前を右へ回ると塔へ上る階段がある。
 薄暗い螺旋形《らせんけい》の狭い階段を上って行く。壁には一面のらく書きがしてある。たいてい見物人の名前らしい。登りつめて中段の回廊へ出る。少し霧がかかってはいるが、サンデニからボアのほうまでも見渡される。鐘楼の下の扉《とびら》が開いて女が顔を出した。そして塔へ上りますかといって塔の入り口の扉を開く。
「おりて来たらここをたたいてください」といって、ドンドン扉をたたいて見せて、私を塔の中へ閉じこめてしまった。まっ暗な階段を手探りながら登って行って頂上に出る。ひどい風で帽子は着ていられぬ。帽子を脱ぐと髪の毛を吹き乱す。やっとベデカの図を開いてパリじゅうを見おろす。塔の頂の洗いさらされた石材には貝がらの化石が一面についている。寺の歴史やパリの歴史もおもしろいが、この太古の貝がらの歴史も私にはおもしろい。屋根のトタンにも石にも一面に名前や日付が刻みつけてあります。塔をおりて扉《
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