い国土の中に限られた経験だけから帰納して珍稀と思われるものの存在を否定してはいけないということを何遍となく唱えている。先ず『諸国咄』の序文に「世間の広き事国々を見めぐりてはなしの種をもとめぬ」とあって、湯泉に棲む魚や、大蕪菁《おおかぶら》、大竹、二百歳の比丘尼《びくに》等、色々の珍しいものが挙げてある。中には閻魔《えんま》の巾着《きんちゃく》、浦島の火打箱などといういかがわしいものもあるにはあるのである。また『諸国咄』の一項にも「おの/\広き世界を見ぬゆへ也」とあって、大蕪菜《おおかぶな》、大鮒《おおふな》、大山芋などを並べ「遠国を見ねば合点のゆかぬ物ぞかし」と駄目をおし、「むかし嵯峨《さが》のさくげん和尚の入唐《にっとう》あそばして後、信長公の御前《ごぜん》にての物語に、りやうじゆせんの御池の蓮葉《はちすば》は、およそ一枚が二間四方ほどひらきて、此かほる風心よく、此葉の上に昼寝して涼む人あると語りたまへば、信長笑わせ給へば、云々」とあり、和尚は信長の頭脳の偏狭を嘆いたとある。この大きな蓮《はす》の葉は多分ヴィクトリア・レジアの広葉を指すものと思われる。また『武道伝来記』には、ある武士
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