の面白いことを知らせてくれた人には医師が一番多いようである。やはり職掌柄で随筆を読むにも診察的な気持があるせいであろうが、とにかくこういう読者は自分などの書くような随筆にとっては一番理想的な読者であろうと思われる。それだから自分も患者の気持になってちょっとだだをこねてみた次第である。
 上記のごとき自由な気持で読んでくれる読者とちがって自分の一番恐縮するのは小中学の先生で、教科書に採録された拙文に関して詳細な説明を求められる方々である。
「常山《くさぎ》の花《はな》」と題する小品の中にある「相撲取草」とは邦語の学名で何に当るかという質問を受けて困ってしまって同郷の牧野富太郎博士の教えを乞うてはじめてそれが「メヒシバ」だということを知った。その後の同様な質問に対しては、さもさも昔から知っていたような顔をして返答することが出来た。ところがある地方の小学校の先生で、この「相撲取草」が何であるかということを本文の内容から分析的に帰納《きのう》演繹《えんえき》して、それがどうしても「メヒシバ」でなければならないという結論に達した、その推理の径路を一冊の論文に綴って、それにこの植物の※[#「月+昔
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