とであるが昇降機の二つ三つ並んでいる前に立って、扉《とびら》の上にあるダイアルに示された各機の時々刻々の位置の分布を注意して見ていると一つの顕著な事実に気がつく。それは、多くの場合に二つか三つの昇降機がほとんど並んで相《あい》角逐《かくちく》しながら動いている場合が多いということである。理想的には、たとえば三つの内の一つが一階にいるときに他の二つはそれぞれ八階と四階のへんにいるほうがよさそうに思われる。換言すれば週期的運動の位相がほぼ等分にちがっているほうが乗客の待ち合わせる時間を均等にし従って乗客の数を均等に分布する点で便利であろうと思われる。しかし実際には三つがほぼ同時に同じ階を同じ方向に通過する場合が多いように思われる。もっともそういう場合だけに注意を引かれ、そうでない場合は特に注意しないために、匆卒《そうそつ》な結論をしてはいけないと思って、ある日試みに某百貨店で半時間ぐらい実地の観測を行なってみた。観測の方法は、鉛筆と手帳をもって、数秒ごとに四つの昇降機のダイアルの示す数字を書き取るだけである。この観測の結果を調べた結果はやはり実際に予想どおりの傾向を示している。
こういう現象の起こる原因は割合に簡単であって、ちょうど電車が幾台もつながってあるくようになるのとほぼ同様な原因によるらしい。すなわち、偶然二つが接近して同方向に動くようになるとそれからは、いつでも先へ立つほうが乗客の多いために時間をとってあとのを待ち合わせるような結果になるからである。これも結局は、多くの人間がただ眼前のことだけを見てその一つ先に来るものを見ようとしないことを示す一例に過ぎないであろう。これと似たことが人生行路にもありはしないかと思う。
それはとにかく、先を争うて押し合う心理も昇降機の場合にはたいした恐ろしい結果は生じない。定員人数の制限を守りさえすれば墜落の恐れはめったにない。しかしこの同じ心理が恐るべき惨害をかもす直接原因となりうるのは劇場や百貨店などの火事の場合である。その場合に前述の甲型の人間が多いと、階段や非常口が一時に押し寄せる人波のために閉塞《へいそく》して、大量的殺人現象が発生するのである。
しかし、また一方、この同じ心理がたとえば戦時における祖国愛と敵愾心《てきがいしん》とによって善導されればそれによって国難を救い戦勝の栄冠を獲得せしめることにもなるであろ
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