として刊行したものだそうである。
なんといってもこの本でいちばんおもしろいものはやはりこの原稿の複製写真である。オリジナルは児童用の粗末な藁紙《わらがみ》ノートブックに当時|丸善《まるぜん》で売っていた舶来の青黒インキで書いたものだそうであるが、それが変色してセピアがかった墨色になっている。その原稿と色や感じのよく似た雁皮《がんぴ》鳥の子紙に印刷したものを一枚一枚左側ページに貼付《てんぷ》してその下に邦文解説があり、反対の右側ページには英文テキストが印刷してある。
書物の大きさは三二×四三・五センチメートルで、用紙は一枚漉《いちまいず》きの純白の鳥の子らしい。表紙は八雲氏が愛用していた蒲団地《ふとんじ》から取ったものだそうで、紺地に白く石燈籠《いしどうろう》と萩《はぎ》と飛雁《ひがん》の絵を飛白染《かすりぞ》めで散らした中に、大形の井の字がすりが白くきわ立って織り出されている。
これもいかにも八雲氏の熱愛した固有日本の夢を象徴するもののように見えておもしろい。このような蒲団地は、今日ではもうたぶんデパートはもちろんどこの呉服屋にも見つからないであろう。それをわざわざ調製したのだそうである。小山書店主人のなみなみならぬ熱心な努力が、これらの装幀にも現われているようである。この異彩ある珍書は著者、解説者、装幀意匠者、製紙工、染織工、印刷工、製本工の共同制作によってできあがった一つの総合芸術品としても愛書家の秘蔵に値するものであろう。ただ英文活字に若干遺憾の点があるが、これもある意味ではこうした限定版の歴史的な目印になってかえっておもしろいかもしれないのである。
複製原稿で最もおもしろいと思うのは、詩稿のわきに描き添えられたいろいろの化け物のスケッチであろう。それが実にうまい絵である。そうして、それはやはり日本の化け物のようでもあるが、その中のあるものたとえば「古椿《ふるつばき》」や「雪女」や「離魂病」の絵にはどこかに西欧の妖精《ようせい》らしい面影が髣髴《ほうふつ》と浮かんでいる。著者の小品集「怪談」の中にも出て来る「轆轤首《ろくろくび》」というものはよほど特別に八雲氏の幻想に訴えるものが多かったと見えて、この集中にも、それの素描の三つのヴェリエーションが載せられている。その一つは夫人、もう一つは当時の下婢《かひ》の顔を写したものだそうである。前者の口からかたか
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング