進んでいたというアパート掃除婦の新証言をつかまえさせて後に警察医の鑑定と対照してアリバイを構成する準備をしておくのである。なかなか凝《こ》ったものである。
 こうして被告を絶望のどん底におし込んでおかないと、あとの薬が利かない。こうしておいて後にそろそろ被告の運命を明るい方へ導くために、今度は有利な側の証人を招集する段取りになる。共犯嫌疑者田代公吉は弁護士梅島君のところに、不都合にも、「かくまわれ」ていて、そうして懸命に彼《か》の社長殿と夕刊嬢とを捜している。雪の日のミルクホールで弁護士から今日の判廷の様子を聞かされ、この二十四時間に捜しあてなければ愚鈍なる陪審官達はいよいよ有罪の判断を下すであろうという心細い宣告を下されるのである。天一坊の大岡越前守を想い出させる。
 さすがそこは芝居であるからこのミルクホールの店先を肝心の夕刊嬢が丁度そのときまるで打合せておいたように通りかかる。それを見かけた田代はコーヒーの勘定などはあとでいいからすぐ駆出せばよいのにその勘定でまごまごしてなかなか追っかけない。こうしないといけない理由は、やっと勘定をすませて慌てて駆出したために自動車にひかれるとい
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