思い出草
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)芭蕉《ばしょう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)帰省の途次|門司《もじ》の宿屋で

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「士/冖/石/木」、第4水準2−15−30]
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       一

 芭蕉《ばしょう》の「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」はあまりに有名で今さら評注を加える余地もないであろうが、やはりいくら味わっても味わい尽くせない句であると思う。これは芭蕉の一生涯《いっしょうがい》の総決算でありレジュメであると同時にまたすべての人間の一生涯のたそがれにおける感慨でなければならない。それはとにかく、自分の子供の時分のことである。義兄に当たる春田居士《しゅんでんこじ》が夕涼みの縁台で晩酌《ばんしゃく》に親しみながらおおぜいの子供らを相手にいろいろの笑談をして聞かせるのを楽しみとしていた。その笑談の一つの材料として芭蕉のこの辞世の句が選ばれたことを思い出す。それが「旅に
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