尋ねさせたりした事もあったが、そうしていると夜明け方などにふいと帰って来た。平生はつやつやしい毛色が妙に薄ぎたなくよごれて、顔もいつとなく目立ってやせて、目つきが険しくなって来た。そして食欲も著しく減退した。
うちの三毛が変などろぼう[#「どろぼう」に傍点]猫と隣の屋根でけんかをしていたというような報告を子供の口から聞かされる事もあった。
私はなんとなしに恐ろしいような気がした。自分では何事も知らない間に、この可憐《かれん》な小動物の肉体の内部に、不可抗な「自然」の命令で、避け難い変化が起こりつつあった。そういう事とは夢にも知らない彼女は、ただからだに襲いかかる不可思議な威力の圧迫に恐れおののきながら、春寒の霜の夜に知らぬ軒ばをさまよい歩いているのであった。私は今さらのように自然の方則の恐ろしさを感じると同時に、その恐ろしさをさえ何のためとも自覚し得ない猫を哀れに思うのであった。
そのうちにまたいつとなく三毛の生活は以前のように平静になったが、その時にはもう今までの子猫《こねこ》ではなくて立派に一人前の「母」になっていた。
いつも出入りする障子の穴が、彼女のためには日ごとに狭く
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