詰の原稿紙いっぱいにかいたものである。紙の左上から右辺の中ほどまで二条の並行曲線が引いてあるのが上野の麓を通る鉄道線路を示している。その線路の右端の下方、すなわち紙の右下隅に鶯横町《うぐいすよこちょう》の彎曲《わんきょく》した道があって、その片側にいびつな長方形のかいてあるのがすなわち子規庵の所在を示すらしい。紙の右半はそれだけであとは空白であるが、左半の方にはややゴタゴタ入り組んだ街路がかいてある。不折の家は二つ並んだ袋町《ふくろまち》の一方のいちばん奥にあって「上根岸四十番不折」としてある。隣の袋町に○印をして「浅井」とあるのは浅井|忠《ちゅう》氏の家であろう。この袋町への入口の両脇に「ユヤ」「床屋」としてある。この界隈《かいわい》の右方に鳥居をかいて「三島神社」とある。それから下の方へ下がった道脇に「正門」とあるのはたぶん前田邸の正門の意味かと思われる。
 もちろん仰向けに寝ていて描いたのだと思うがなかなか威勢のいい地図で、また頭のいい地図である。その頃はもう寝たきりで動けなくなっていた子規が頭の中で根岸の町を歩いて画いてくれた図だと思うと特別に面白いような気がする。
 表装でも
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