うハイカラな服装である。そうしてその二人のうちで船首の方に立っている一人は、立派な鬚《ひげ》をさえ生やしているのである。これが筒の掃除をする役をつとめる。胴《どう》の間《ま》の側に立っているこれもスマートな風体の男が装填発火の作業をする役割である。
艫《とも》の方の横木に凭《もた》れて立っている和服にマント鳥打帽の若い男がいちばんの主人株らしい、たぶん今日のプログラムを書いてあるらしい紙片を手に持って立っている。その傍に花火を入れた箱があって、助手がそこから順々に花火の玉を出して打手に渡す。
始めに小さな包のようなものを筒口へ投《ほう》り込んで、すぐその上へ銀色をした球を落し、またその上へ、掌《てのひら》から何かしら粉のようなものを入れる。次にチョッキの隠袋《かくし》から、何か小さなものを出して、火縄でそれに点火したのを、手早く筒口から投げ入れると、半秒足らずくらいの後に、爆然と煙が迸《ほとばし》り出て、鈍い爆音が聞える。煙が綺麗な渦の環になってフワフワと上がって行く、すると高い所で弾が爆発して、それからがいわゆる花火の現象になるのである。
だんだん目が馴れて来ると弾が上がって行く途中の経路を明瞭に認める事が出来る、そして破裂する時に、先ず一方へ閃光《せんこう》のように迸り出る火焔も見え、外被が両分して飛び分れるところも明らかに見る事が出来る。風の影響もあるだろうが、それよりもむしろ、筒口を出る際の、偶然の些細な条件のために、時々は弾道が上の方でひどく彎曲《わんきょく》して、とんでもない方へ行って開く事もある。
いちばん小さな筒と、その次のとが、最も頻繁に使われる。一発打ち上げたのの煙が、おおかた消える時分に、次のを上げるという順序であるが、筒の大小は変っても、上がるものはたいてい同じような平凡なのが多い。同じくらいの時間間隔を置いて連続的に五回の爆発をやるのがいちばん多いようであった。つづけて五回音がして空中へ五つの煙の団塊が団子のように並ぶだけと云わばそれまでのものである。
「音さえすりゃあ、いいんだね」「音さえすりゃあ、いいんだよ」、こんな事を云いながら、それでもやはり未練らしくいつまでも見物している職人の仲間もあった。見物している連中を見渡してみると、ほとんど労働者階級の人らしく、兵隊や女も少しはまじっていたが、いわゆる知識階級に属するらしい人は一人
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